歴史とルーツ / 金平糖

金平糖はどこから来た?

名前に残るポルトガルの面影。
信長への贈り物から、日本でつくられるようになるまで。

文・編集:SWEETS FIND更新 2026.10.10
白い小皿に盛った金平糖
粒の表面に小さな突起がある金平糖。

和菓子としておなじみの金平糖。その名前と歴史には、海の向こうとのつながりが残っています。

この記事でわかること
  1. ポルトガルから、日本へ
  2. 「こんぺいとう」の名前の由来

ルーツは、ポルトガルから伝わった砂糖菓子。

金平糖は、戦国時代にポルトガルから伝わった南蛮菓子の一つです。南蛮菓子とは、当時の海外との交流を通じて日本にもたらされた、カステラや有平糖などのお菓子を指します。

その歴史を伝える出来事が、1569年の織田信長への贈り物。宣教師ルイス・フロイスが、フラスコに入った金平糖を信長に贈ったとされています。今なら袋を開けて気軽につまめるお菓子が、当時は有力者への贈答品になっていたのです。

ただし、この献上の年を、そのまま「日本に初めて届いた年」と言い切ることはできません。ここでは、金平糖の伝来を物語る出来事として紹介しています。

その後、日本でも製造が進みました。『日本大百科全書』は、国産化の時期を江戸時代の貞享年間(1684〜1688年)ごろとしています。海外から届いた砂糖菓子が、日本でもつくられ、受け継がれてきた。それが、今の私たちが食べている金平糖につながっています。

出典:農畜産業振興機構「南蛮菓子と砂糖の関係」/コトバンク「金平糖」(日本大百科全書)

「こんぺいとう」は、ポルトガル語から。

名前のもとは、ポルトガル語で砂糖菓子を意味する「confeito(コンフェイト)」です。海を渡ってきたお菓子とともに、その呼び名も日本に伝わりました。

「金平糖」は、その音に漢字を当てた表記です。「金米糖」とも書かれます。漢字を見ると日本生まれの名前のようですが、声に出すと、もとの言葉の響きが残っています。

出典:農林水産省「特集2 飴」/コトバンク「金平糖」(精選版 日本国語大辞典ほか)

ポルトガルから届き、日本でもつくられるようになった金平糖。何気なく呼んでいる名前にも、その来た道が残っているのですね。

参考資料

農林水産省「特集2 飴」

農畜産業振興機構「南蛮菓子と砂糖の関係」

コトバンク「金平糖」(各辞典)

資料確認日:2026年10月10日

写真は金平糖のイメージです。

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